「異臭がする」。アパートの大家さんからのその一本の通報が全ての始まりでした。私たちが警察の許可を得てその部屋のドアを開けた時鼻を突いたのは単なるゴミの臭いではありませんでした。それは腐敗した生ゴミの酸っぱい臭いと甘ったるい死臭が混じり合った、人間の尊厳を根こそぎ奪い去るかのような凄絶な臭いでした。部屋の中はゴミで埋め尽くされその中で住人であった高齢の男性が亡くなっていました。孤独死でした。死後数週間が経過しているようでした。キッチンにはカビの生えた調理済みの惣菜や腐って液体状になった野菜がそのまま放置され、おびただしい数のハエとウジが発生していました。夏場の高い室温が腐敗をさらに加速させたのでしょう。私たち特殊清掃員の仕事はまずご遺体が発見された場所の初期消毒から始まります。感染症のリスクを防ぐため防護服と防毒マスクで完全に身を固め専用の薬剤を散布します。それが終わってからようやくゴミの撤去作業に取り掛かります。この現場で最も過酷なのが生ゴミの処理です。腐敗し原型を留めない食品、汚物が染み込んだ容器。それらを一つ一つ手作業で頑丈な袋に詰めていきます。精神的にも肉体的にも極限まで神経をすり減らす作業です。全てのゴミが撤去されがらんとした部屋に残るのは床や壁に深く染み込んだ汚染とそして消えることのない強烈な臭いです。私たちは床材を剥がし壁紙を剥がし汚染された建材を物理的に除去します。そしてオゾン脱臭機などの専門機材を駆使して数日間かけて臭いの元を分子レベルで分解していくのです。この部屋で男性は一人で何を思い最期を迎えたのでしょうか。床に落ちていた一枚の家族写真だけが彼にも温かい時間があったことを静かに物語っていました。生ゴミの放置は時に人の生の終わりをこれほどまでに悲惨なものにしてしまう。その現実を私たちはこの仕事を通じて何度も目の当たりにしているのです。